写真の唄

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赤尾の決断




2009年夏 高校三年の赤尾は全日本のタイトルをとるために戸田にやって来た。

「ロンドンオリンピックは赤尾さんで行ってほしい!メダルを狙って欲しい!」と言うと、
「このような素晴しい素質を持った選手を今後どう育てるか? そこだな」と隣のカメラマンに言われた。

強化選手に指定してアジアやヨーロッパの海外経験を積めばケガでもしない限り世界で戦える選手になるはずだ!と。
世界チャンピオンを育ててみたいと思っているコーチは必ずいるはずだ!と。
この選手を世界で戦わせてみたいと思うスポンサーは必ずいるはずだ!と。
全日本チャンピオンの次は世界を当然目指すものと当時の僕は思っていた。それくらいご褒美でしょ?と。

ボートの上でも陸に上がってもこの競技が楽しくて仕方がないと思わせる笑顔でいつもいたから誰もが声をかけた。
そしてみんなの声援に笑顔で答えていた。ルーキーは人気者だった。



そんな笑顔のチャンピオンも誰もが経験するような足踏みをしてしまった。
いや、意に反して足踏みをせざるをえない状況に変わってしまった。



2012年春 二十歳の赤尾はデンソーボート部で新しいスタートを切る。
この勇気と決断は、彼女が自分自身に新しい命を吹き込んだに違いない。

「清水の好きな赤尾のレースが始まるよ~」と今度は言われたい。



























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